館長ノート

ノートの末尾に―美術館は生きているか?

3月ともなると、さすがに雪も融け、春の日差しが忍び寄ってきます。

この冬、私たちは野口久光という不世出のグラフィック・デザイナーに出会うことができました。戦前から戦後にかけ、洋画配給会社東和に籍を置き、1,000点を超える映画ポスターを描きまくった人物です。その名前はご存知なくとも、街角で見かけたポスターに心誘われ、映画館に通い詰めたオールド・ファンも少なくないのでは・・・。
『大人は判ってくれない』のタートル・ネックで口元を覆い、上目づかいにこちらを窺う少年は、スクリーンの上だけでなく、街頭でこそいきいきと輝いていたのです。「野口久光」展はそんな生きたアートの展覧会です。

新潟市美術館では5つの運営方針のひとつに、「生きている美術館」を挙げています。美術館は単なる受身の鑑賞の場だけではつまらない。音楽やダンスや映画などアートに隣接するさまざまな領域がクロスし、各種のイベントが繰り広げられるアクティヴな場であってほしいとの願いです。
生きたアートとしての映画ポスターやモダン・ジャズのレコード・ジャケットが並ぶ野口展。そして、会場ではジャズ・コンサートが開かれ、別の日には大林宣彦監督による古き良き日の回想をテーマとした短編映画『思い出は映画とともに』が上映されました。
たとえわずかでも、私たちが理想とする「生きている美術館」に近づけた一瞬ではなかったかと思うのです。
(『思い出は映画とともに』は3月20日から25日まで各日11時から展示室内で上映します。お見逃しなく!)

私は、館長として6年半にわたり、新潟市美術館の運営に携わってきましたが、この3月末をもって退任いたします。理想とするすべてが実現できたわけではありませんが、それなりに前進し、達成できたことはあると考えています。
4月には新館長にバトンを引き継ぐことになりますが、「美術館は生きているか?」という問いに対し、胸を張ってイエスと言える、賑やかで楽しげな美術館であってほしいと念願しています。
なによりも、この美術館を支えていただいた市民のみなさまに心より感謝いたします。ありがとうございました。

新潟市美術館
館長 塩田純一