館長ノート

ベン・シャーンはアクティビスト(社会活動家)?

BLACK LIVES MATTERBLM)」、定まった訳がないらしく、「ブラック・ライブス・マター」と書かれますが、「黒人の生命は重要だ」というような意味です。2020525日、アメリカ北西部ミネソタ州のミネアポリスで、警官によるジョージ・フロイドさんの殺人をきっかけに、構造的な人種差別に反対するBLMの運動が高まりました。

それに伴い、「ブラックアウト・チューズデイ」という活動を音楽業界が呼びかけ、62日の火曜日にブログを黒くする人が多く現れます。イギリスの放送局BBCも画面を黒くする時間を設け、アメリカの美術館やアーティストもこの運動を支持して発信しました。

しかし、黒人に対する暴力は止まらず、リンチと推定される事件も続発し、613日にはオルワトイン・サラウさんという、19歳のアクティビストの女性が遺体で発見されました。

アメリカがこのような状況にあるときに「ベン・シャーン展」を開催することになったことを、単なる偶然ではなく、意味あるものにしたいと思います。この展覧会を計画したのは、COVID19のパンデミックやBLM運動が起こることなど想像すらできない時期でしたが、「人権の世紀」であるはずの21世紀が、いまどのような方向に向かっているのか、考えるきっかけにしたいという思いもありました。

ベン・シャーンを検索すると、画家、イラストレーター、写真家、版画家などに加えて、「アクティビスト(社会活動家)」と書かれている説明に出会います。でも、積極的に発言するアクティビストではなく、「わたしは憎むものを描く、わたしは愛するものを描く」という言葉通りに、シャーンは作品に描くことで批判しました。

公民権運動を主題にした一点の作品をここでとりあげたい、と思います。大きく鳩が描かれた《ほんとうに偉大な人たちをわたしは忘れない》という1965年の作品には、10人の名前が書かれています。有名な偉人ではなく、公民権運動のさなか、命を落とした人たちです。

14歳のアディ・メイ・コリンズ、キャロル・ロバートソン、シンシア・ウェズリー、11歳のデニーズ・マックネアの4人の黒人少女は、1963915日の日曜日、KKKがアラバマ州バーミンガムの16番街バプティスト教会を爆破した事件の犠牲者です。

爆破事件の後、混沌となったバーミンガムの町外れで、13歳のヴァージル・ウェイドは、自転車で家に帰る途中、射殺されました。

1963年9月4日、バーミンガムで黒人弁護士のアーサー・ショアーズの自宅が爆破されます。集まった群衆が警官隊と衝突し、大勢が逃げました。ジェームズ・L・コリーは武器を携行していませんでしたが、警官に射殺されます。20歳の退役軍人でした。

ウィリアム・L・ムーアは、白人の郵便局の職員で、一人で歩いて自分の手紙を届けるという活動をしていました。この時はテネシー州チャタヌーガからミシシッピー州ジャクソンまで580キロほど歩いて、州知事のロス・バーネットに手紙を配達する計画でした。胸のボードには、「すべての人とミシシッピーに公平な権利を、なんとしても」と書いてありました。1963423日、ラジオの取材を受けた直後に射殺死体で発見されます。ピート・シーガーの「ウィリアム・ムーア、ザ・メイルマン」のほか、何人かの歌手がムーアのことを歌にしています。

ジミー・リー・ジャクソンは1965218日、セルマで選挙権のための平和的な行進に参加していましたが、アラバマ州警察官に殴打され、撃たれました。8日後に病院で死亡します。

キング牧師の呼びかけで37日、血の日曜日事件の起こる歴史的なセルマからモンゴメリーへの大行進が行われました。ウニタリアン・ユニバーサリズムのジェームズ・J・リーブ牧師は他の2人と行進に加わりました。夕食の後、人種差別主義者3人に頭を殴打されます。リーブは白人でしたが、白人の病院から拒否され、黒人の病院には脳外科手術の設備がありませんでした。二日後の311日にリーブは亡くなります。

ヴィオラ・グレッグ・リウーソは、デトロイトに住む38歳の白人で5人の子供の母親でしたが、キング牧師の呼びかけに応じてセルマに行き、大行進の裏方をしました。325日、仲間の活動家を車で空港に送った帰りに射殺されます。犯行は4人のKKKで、一人はFBIのスパイでした。その後、FBIの工作によって、彼女が共産主義者で薬物中毒、黒人と性的関係を持ったなど誹謗中傷するデマが流されました。彼女の名前は、公民権運動記念碑にキング牧師ら41人の名前とともに刻まれています。

ベン・シャーンがこの作品を制作したのは、まさにセルマ大行進のあった1965年で、現在行われている不正義に対して、声高に叫ぶのではなく、鳩と名前を静かに描いたシャーンの気持ちに触れていただきたいと思います。

言うまでもありませんが、「ベン・シャーン展」は政治的、社会的な作品ばかりではありません。粟津潔や和田誠など日本のデザイナーの多くを魅了した、ベン・シャーンの線の魅力あふれる作品も多く展示されています。可愛いものがお好きな方も是非ご覧ください。