館長ノート

リフレッシュ、リスタート

特任館長に着任してもうすぐ5ヵ月になります。この間に実感したことに、新潟市生まれの前川國男が設計した新潟市美術館という建物が、館のスタッフをはじめ多くの人に愛されてきた、ということがあります。そのことは、1985年に開館して以来ほぼ10年ごとに大規模な改修・修繕工事が実施され、美術館として長期的に高水準で機能するように計画されてきたことに最も明らかです。本来常識のはずですが、実際には当館のようなケースはきわめて珍しいと思います。また、2006年には「生誕100年 前川國男建築展」を開催し、それ以後もこの館の建物を紹介するパンフレットを発行したり、エントランスホールに紹介コーナーを設けるなど、建物と設計者の紹介にも努めてきています。こうした修繕や紹介に加え、館内の会議や日常の会話にも、この建物への想い入れの強さを感じることがしばしばあります。わたし自身も、修繕工事のシートと作業用足場が7月半ばに外され、濃いオリーブグリーンのレンガ外壁の建物が姿を現したときは、モダニズム建築特有のクールな造形が映える風景に心を打たれました。ひとりで館内を歩いてみた際にも、いたるところ魅力的な空間や窓外風景があることに気づき、楽しみの多い建物であることを知りました。今後は年月を経るにしたがって、ますます文化財としての価値や認識が高まっていくに相違ありません。そうした可能性を秘めた建物のある西大畑町や隣接の古町が、街歩きのエリアとしてもっと人気が高まってほしいと思います。

さて、新潟市美術館は約1年間に亘る改修工事でリフレッシュし、8月30日にリスタートします。同時に開館40周年を迎えます。私たち美術館のスタッフは、多くの人から愛されてきたこの建物に再び息を吹き込み、これまで以上に、生きている美術館として市民の皆さまに親しんでいただくことを責務としています。

リスタートとして企画した展覧会は「ほぼせんてんてん、」です。着任に際して最初にこのタイトルを聞いたときは、「線」と「点」をテーマとする展覧会かと思いましたが、違いました。新潟市美術館の5,000点を超えるコレクションから、資料を合わせてなんと約1,000点を一挙に公開するという企画でした。作品の種類やサイズにもよりますが、私の感覚では通常300点も展示されれば、相当大規模な展覧会だという認識があります。その3倍を超える作品で構成される展覧会は、前代未聞。担当者を中心に学芸員全員がアイデアを持ち寄った末に、「最初の部屋」「美術館のものさし」など西洋のモダン・マスターの名作が並ぶコーナー、「雨音の聞こえる部屋」「表組絵画」など実際に見てみないとテーマの意味がわからないコーナー、「ウジェーヌ・カリエール」や「牛腸茂雄」「阿部展也」など当館のコレクションを特徴づけている作家のコーナー、建物や美術館の歴史が分かるモノ(資料)を展示するコーナーなど、全体で26のテーマからなる構成となり、現在は立ち上げの準備を加速させています。
かつて、15世紀から18世紀にかけて、ヨーロッパの王侯貴族や学者、文人などのあいだで「ヴンダーカンマー」(ドイツ語・Wunderkammer/驚異の部屋)をつくることが流行りました。それは、珍しい貝殻や動植物の標本、鉱物、武具、オートマタ、美術工芸品などさまざまな珍品を蒐めてつくる陳列室のことで、近代的な博物館、美術館の原型といわれることもあります。四方の壁はもちろん、天井にもびっしりと蒐集品が設置され、棚にも詰め込まれました。

大げさでしょうが、「ほぼせんてんてん、」はそのヴンダーカンマーの精神にならった企画と、あえて言ってみたい気持ちです。企画展示室と常設展示室の壁には、ミュージアムの原理にしたがった分類によりながら、なおもカオス的な状況を見せてところ狭しと作品やモノ(資料)が展示されます。その「カンマ―(部屋)」を見て回れば、見知らぬ表現世界や歴史を目の当たりにすることができ、知的好奇心や想像力が刺激されるはずです。知の遺産としての美術作品やモノ(資料)をとおして、美術館というものについて考える機会にもなるでしょう。

スタッフ皆で、ご来館をお待ちしています。

2025年8月22日
滝沢恭司

館長ノート20250822

「ほぼせんてんてん、」設営風景