館長ノート

「路傍小芸術」展開催について

「開館40周年記念 路傍小芸術」展を開催中です。

本展は新潟の街中や建物内に見かける、あるいは、出来事の衝撃を伝達・記録するために制作・編集されたもののあまり知られていない、無名の作者による、美術としての価値も明確に与えられていない造形物(モノ)を集めた展覧会です。「路傍」を居場所とし、小さなコミュニティのなかだけで機能したり価値を示したりしている、「小芸術」ともいえるモノをあえて美術館というホワイトキューブに集合させてみたわけです。

芸術性を評価基準に収集・保存・展示活動する美術館は、通常はそのようなモノばかりを集めて展覧会を開催することなどありません。博物館が開催することはあるでしょうか。重要な歴史資料と見なされるようにならない限り、それもないと言えるでしょう。本展は美術館も博物館も普段取り上げることのない、いってみればミュージアムとは縁のないモノを集めた展覧会です。

なぜそのような展覧会を美術館が開催したのでしょうか。その趣旨について触れておきたいと思います。

ひとことで言えば、「路傍小芸術」展は、美術史や文化史研究の領域から発展して1990年代に登場した、「ヴィジュアルカルチャー・スタディーズ(視覚文化論)」の実際のモノによる試行版のような企画展といえます。この分野の研究は大衆文化を中心に、視覚に作用するモノ(造形物)すべてを対象とし、それらが社会や文化、歴史などの形成において如何に機能してきたのか、その背後には如何なるイデオロギーや政治性が潜んでいるのか/いたのかを考察することを目的に進められてきました。このような研究のアプローチは、大衆文化におけるイデオロギーや神話を分析して社会構造やアイデンティティの在りようをあぶり出し、ジェンダーや人種差別など日常生活のさまざまな力関係への抵抗の視点を提供する、1960年代発祥の「カルチュラル・スタディーズ」の強い影響下に登場しました。さらに、「カノン」と称される、特定の時代や文化における美術作品の価値や表現方法を評価するための普遍的規範・基準となる美術を研究する美術史研究が大きく変容し、その周辺の美術さらにデザインや挿絵、写真、マンガ、アニメなどを研究することが活発化したことなどにも強い影響を受けて登場したとされます。

では、「路傍小芸術」展は「ヴィジュアルカルチャー・スタディーズ(視覚文化論)」の方法によって、何を批判的に考察しようとしているのでしょうか。

実は「美術館」そのものです。この展覧会は、美術館の主要な機能である調査研究、収集展示、教育普及といった制度的な輪郭を点検する機会とし、美術館はどこまで敷居を下げ、市民の日常の生活空間とつながることができるかを自らに問い直す試みとして企画開催しています。
このような開催趣旨は、「新潟市美術館がめざすもの-今後の運営方針-」* に掲げている5項目のうちの一つ、「発見する美術館」に示された、「新潟市は地域の多様な文化資源や豊かな自然環境に恵まれています。これら先人たちの遺産や自然の賜物である環境を常に意識し,「あるもの」を活かすとともに,埋もれている知を掘り起こし,光をあて,独自な発信をしていきます」という指針に沿ったものでもあります。

本展はこのような制度的な趣旨の上に成立しているのです。

しかしながら、制度について自問し、美術館自体を批判的に考察してみたといっても、本展に出品しているモノ自体やその内容を社会や政治、文化への批判的考察の材料として取り上げているわけでは決してありません。それらのモノたちは、切実な目的や動機のもと、真摯に、誠実に、まごころを込めて制作され、そして本来的な居場所のあるモノたちであって、社会や政治などへの批判性を認めることなどできないからです。本展はそのような正直なモノたちを大切なゲストとして、誠意をもって、まじめにお迎えしています。そうすることで、美術館の展覧会として定着している制度について自問しているのです。

まごころ込めて手づくりしたモノで埋められた展示空間は、少なからずアナログ的で、昭和感がただよっています。笑いが許されるモノも展示されています。リラックスして、楽しんでいただけるものと思います。まずはご覧になってください。

2026年2月14日
滝沢恭司

*新潟市美術館ウェブサイト「新潟市美術館がめざすもの」

「路傍小芸術」展示風景(越後川口サービスエリア手描きポスター)

「路傍小芸術」展示風景(越後川口サービスエリア手描きポスター)